No.9「新しい長靴」

「何か話を聞かせてよ。何でもいいからさ」
おとぎ話で添い寝とは、小学高学年には甘やかし過ぎか..
いやいや日頃の罪滅ぼし、久しぶりにつきあってやるか。
 --
だいぶ前のお話です。
ある日S君は、お父さんから長靴を買ってもらい大喜びしました。
欲しかった新しい長靴を履いて、お兄ちゃんと山の向こうにある川まで探検に行きました。

今までS君が履いていた長靴は、お兄ちゃんのお下がりで底はつるつる、足は窮屈その上 何処かに小さい穴が空いていて水が侵入してきました。
S君は雨の降るたびに学校までの長い道のりが恨めしく思いました。

随分前からそんな状態だったのですが、S君は一度ぼそっとお父さんにねだっただけでした。
何故かと言えば、S君の両親は毎日夜遅くまで畑仕事をしているのに、暮らしは楽ではありません。
家族が食べるのがやっとで長靴を買うお金もままならなかったことをS君もよく知っていたからです。

暫くしたある日のこと、町から帰ったお父さんから長靴をプレゼントされました。
豚を市場に出したお金の一部で買ってくれたのでしょう。
その夜は嬉しくて嬉しくて、枕元において眠りました。

次の日は晴れて長靴の出番はありませんでした。
学校から帰ってくると、お兄ちゃんに頼んで、山の向こうの川まで一緒に行ってもらいました。
川に着くと新しい長靴で動き回りました。
石ころの下にはカニや小さな虫がいてその石を投げたりして遊んでいました。

ところが次の瞬間、石に足を滑らせてバランスを崩してしまいました。
すると片方の足が抜けて長靴が川に流されて行きます。
(あっ!大変だ!)
離れた所にいたお兄ちゃんに助けを求めて一緒に追いかけましたが、長靴はどんどん川下に流されます。
川の両脇は木が生い茂り、急な流れでこれ以上は先に進めません。
二人は諦めて、薄暗くなった山の道を帰って行きました。
勿論S君は半べそです。
どんなにめそめそしても、流された長靴は戻っては来ません。

その夜、叱られるのを覚悟で長靴のことをお父さんに話しました。
思いのほか小言は短くて済みましたが、何よりもS君は自分の不注意が悔しくてたまりませんでした。
S君はその後また暫く、もとのオンボロ窮屈長靴を履くことになりましたとさ..
 --
「..S君て、お父さんのこと?」
「よくわかるね..」
「何か、かわいそうだね。お父さん」
「うん、ちょっとね」
「もっと話してよ。続きでもいいからさ」
 --
それじゃぁ、次の話はね..
次の話の途中で、夢の中へと迷い込んで行きました。

                                     (2001年記)