No.7「新宿安酒場」

 

暫く前に占い師とダンサーと3人で飲んだ。
彼らは職業でそれをやっているわけではなく、当人がいない所で勝手に使っている愛称で、会社の同期である。
その安酒場で、中国の「気孔術」が話題になった。
何でも、元バレエ団の西野某がTVに出て、数人の大人を並べ、体に全く触れずに、 どどどぉっ!っと一気になぎ倒してしまうということで あった。

ダンサーが身振り手振りでその様子を解説すると、
「さもありなん」と占い師は言葉を続けた。
「ヨガの世界では、修行を積めば躰が宙に浮くようにもなる。気孔もホントに修行すれば、 信じられないようなすごいことができるようになるもんだぜ。だから、俺は信じるな。 でも見た目には同じように人を倒せても、本当に達人にならなけりゃ危険だぜ」
と妙なことを言う。

「なんで?」とダンサーが尋ねると、
「達人は、“気”で何かをするときは、宇宙の生命を集めて掌なりから発散するけど、 そこまでに至らない人は、自分の命を削って気を発しているんだ。だから、 自分で寿命を縮めていることになるわけだよ」
「なるほどぉ」と感心する町の陶芸家。

そんなこんなで、いずれにしても、そんな達人になりたいものだなぁや、ということになると占い師 が語り始めた。
「あのなぁ、ななかな常人はそこまで成りきらないけど、心がけ次第で誰にでも出来る“気”が あるんだ。なんだかわかるか?」
「なんだべか?」
「それは、愛だよ」
「・・あ、あい!?」

占い師は続けて話す。
「そう、愛だ。愛情は躰に触れるわけじゃないのに、相手に伝わる。 言葉にしなくても、相手に通じるだろ。単に男と女の間だけじゃなく、もっと広い意味での ことだよ。気孔で人をなぎ倒すよりも、そっちの方が簡単なようで、難しいものかもな本当は。 近頃はいろいろなところで、愛が不足がちじゃないかなぁ。こういうのを、ビタミンⅠの欠乏症って 言うんだよ」
「ふうん。そうかもしれん」
とうなずくようにダンサー。

安酒場を出て駅に向かう三人に、冬の風は遠慮なく吹きつけたが、コートの中の方は 何となくいつまでも暖かだった。